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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)613号 判決 1977年3月28日

控訴人(原告)

吉原武

ほか一名

被控訴人(被告)

港トラック運送株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決中、控訴人ら敗訴部分を取り消す。被控訴会社は、控訴人らに対し、それぞれ金一〇四四万七〇三七円及びこれに対する昭和四八年九月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴会社の負担とする。」旨の判決並びに金員の支払を求める部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

〔証拠関係略〕

理由

一  小野寺馬吉(以下「小野寺」という。)が、昭和四八年九月二一日、牽引用大型特殊自動車(トレーラーを牽引。以下「加害車」という。)を運転し、静岡県清水市横浜町交差点方面より宮加三方面に向けて南進し、同日午前一一時一六分頃同市村松原一丁目三番三〇号先の交差点(以下「本件交差点」という。)で県道三保線方面へ左折しようとした際、加害車を吉原素直(以下「素直」という。)の乗つていた自転車に衝突させ、よつて、素直を頭部挫滅粉砕により即死させたこと、被控訴会社は、各種貨物の運送等を目的とする会社で、加害車を保有し、小野寺は、本件事故当時、被控訴会社の従業員として、被控訴会社のため加害車の運転業務に従事していたこと、控訴人吉原武は素直の父、控訴人吉原富子はその母で、いずれも相続分各二分の一を有する素直の相続人であること、以上の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、小野寺の過失の有無、被控訴会社の自賠法三条但書の免責ないし過失相殺の主張について、以下検討する。

1  成立に争いのない甲第一一号証、いずれも原本の存在及び成立につき争いのない乙第一号証の一、二、乙第二号証、乙第一八号証、原審証人谷清の証言によると、清水警察署司法警察員巡査部長谷清は、事故当日の午前一一時三〇分から本件事故現場及び本件事故現場に停車中の加害車を実況見分し、更に、同日午後二時四〇分から被控訴会社車庫内ピツト上に置かれていた加害車の実況見分をしたが、右実況見分の結果は、次のとおりであつたことが認められる。

(一)  本文交差点は、梅田町方面から南方宮加三方面に南北に通じる道路(以下「南北道路」という。)と向田町方面から東方松井町方面に東西に通じる県道三保線(以下「東西道路」という。)とが交差する十字路交差点(乙第一号証の二によれば、直角に交わらず、東西道路は南北道路に対し約七度北寄りである。)で、本件事故当時、右両道路につき信号機による交通整理が行われており、右両道路ともアスフアルトで舗装された平坦な道路(ただし、東西道路は両側端に未舗装部分があつた。)で、事故当日乾燥しており、本件交差点の東西南北の各側面に横断歩道(乙第一号証の二に横断歩道の幅員は記載されていないが、同見取図は、縮尺二〇〇分の一で書かれているので、横断歩道の幅員は、約四メートルと認められる。)が設けられ、南北道路は、車道歩道の区別(歩道は左右両端)があり、歩道部分は車道部分よりやや高くなつており、車道部分の幅員約八・二メートル、歩道部分の幅員左右いずれも約二・七メートルで、一方、東西道路は車道歩道の区別はなく、幅員は、本件交差点の東側(松井町寄)において約八・五メートル、西側(向田町寄)において約七・三メートルであつた。両道路とも、車道に中央線(センターライン)の標示があり、本件事故当時の制限速度は時速四〇キロメートルであつた。

(二)  加害車(牽引車)は、車長五・六メートル、車幅二・五メートル、車高二・九八メートルで、トレーラー(被牽引車)は、車長六・三一メートル、車幅二・〇一メートル、車高一・七一メートルで、コンテナ一個が積載されていた。

(三)  加害車は、本件交差点の東側横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)西側の線から約二五メートル東方で東西道路中央線のわずか北寄りに車首をやや斜め左に向けて停車してあり、停車位置において、被牽引車の車輪(被牽引車の車輪は、後部に左右とも二輪宛前後してあるのみで、前部にはない。)のうち、右前輪は、道路中央線上にあり、右後輪は、外側の車輪が道路中央線上からその南に跨つており、牽引車の車輪は、いずれも道路中央線より北側にあり、加害車のスリツプ痕は認められなかつた。

本件横断歩道上に脳漿の附着が見られ、その附着部分は、東西道路中央線のわずか北側で、横断歩道東側約四分の三の部分に東西に細長い形で存し、西側附着部分の方が量が多い。右脳漿附着地点に続いて血轍痕が加害車停止位置における牽引車左後輪まで約一五・三メートル存し、右後輪(牽引車の後輪は左右とも各二個宛ある。)の内側車輪のタイヤに極めて新しい血液が附着していたが、その余の車輪には血液の附着は認められず、右血液の附着した後輪の後ろにある泥除けの後輪タイヤ側に相当量の脳髄が附着していた。右血轍痕は、約四分の一程度進んだあたりから北側に緩やかなカーブを描いて牽引車の左後輪に達している。

加害車が左折後停車した地点において、両輪とも捻じ曲げられた自転車が、牽引車右後輪のやや後方被牽引車の前方車体の下に挾まれた状態で横たわつていた。

加害車には本件事故による損傷は認められなかつたが、牽引車の前方車輪を連絡するアームの中央部分下側、牽引車の車体下部中央のシヤフト左側にある消音器の下部及び牽引車の左前車輪と左後車輪の間に横に置かれたスペアタイヤの下部に、いずれも布ようのものでそこに附着した泥土を拭つた如き痕跡があつた。

2  右実況見分の結果判明した事実によると、本件事故の態様は次の如きものであつたことが認められる。

(一)  本件事故は、小野寺が本件交差点を牽引車の左後輪が東西道路中央線のわずか北側を通る形で大きく左折せんとしている間に発生し、加害車の前部が素直の自転車に衝突した。

(二)  素直は、衝突後本件横断歩道上に転落し、左折中の牽引車左内側後輪により頭部を轢過された。

(三)  衝突地点は、本件横断歩道に附着した脳漿の西端の東側でなく、衝突により自転車が後方に引き戻されることを考慮するとき、右西端の西側である。

(四)  小野寺は、左折開始後東西道路上に停車するまで、急停車の措置をとつていない。

3  右実況見分の結果及びこれにより認められる前記2(一)ないし(四)の事実に、原本の存在及び成立につきいずれも争いのない乙第四号証、乙第六号証、乙第七号証及び乙第一七号証に見られる小野寺の供述、原審及び当審証人石野光俊、当審証人小野寺馬吉の各証言を併せ検討すると、次の如く認めることができる。

(一)  小野寺は、加害車を運転して南北道路を梅田町方面から南方宮加三方面に向けて進行し、本件交差点に差し掛つたところ、前方の信号が赤に変つたので、横断歩道の手前に引かれた停車線の直前に停車した。そのとき、同人は、左バツクミラーによりトレーラーの下部から白煙らしきものが出ているのを発見したので、その原因を調べるため、南北道路に比べて交通量の少ない東西道路の松井町方向に左折して、本件交差点から少し離れた路上に停車することとし、左折の合図をした上、信号が青に変つたところで、時速一〇キロメートルに足りない位の速度で徐行しながら左折を開始し、本件横断歩道上に歩行者のいないことを一旦確かめはしたものの、前記白煙らしきものが気になつていたし、またトレーラの左後車輪が左側歩道に乗り上げないようにハンドル操作をすることに気をとられ、前方注視がおろそかになつた。

(二)  一方、素直は、自転車に乗り、東西道路左側端を松井町方面から本件交差点方向に向けて、何か考えごとでもしているような様子でゆつくり進行していたが、本件交差点の手前約二〇メートルの地点から斜め右前方に向きを変えて西進中本件事故に遇い、右側に転倒した。素直の自転車と加害車は衝突したのであるが、加害車の衝突部分は、前認定のとおり、その前面であり、加害車には、前認定のように、本件事故による損傷は認められず、素直が西進中に衝突したものであるので、本件事故は、加害車の前面と素直の自転車の前車輪タイヤの衝突によるものと認められる。衝突地点は、本件の資料からこれを正確に認定することはできないが、前認定のように、本件横断歩道上に附着した脳漿の西端の西側であることは動かないことであり、衝突による自転車の後退は、両車の速度からすれば、極く小さいものと推認されるので、従つて、両者は、本件横断歩道西側の線附近にして東西道路中央線附近で衝突したものと認めるのが相当であり、谷巡査部長が、実況見分の結果、衝突地点を乙第一号証の二の<×>印の位置と認めたのは、当らずとも遠からずで、あながち不当ということはできない。(当審証人石野光俊は、衝突地点を本件横断歩道東側の線よりやや東方であると証言し、同証言により同証人が作成した図面であることが認められる甲第六号証にも同旨の記載がなされているが、右により実況見分の結果認められる事実を動かすことはできない。)

(三)  小野寺は、右衝突及び轢過の事実に全く気付かず、本件交差点から松井町方向に約二五メートル進行して前記白煙の原因を調べるために停車したものである。

4  右認定した事実に基づき本件事故の原因について考察するに、小野寺は、信号機による交通整理の行われている交差点を進行方向「青」の信号に従い左折を開始したのであり、左折そのものは適法であり(道路交通法七条四条四項同法施行令二条)、また、大まわりに左折したことも、車長六・三一メートルのトレーラを牽引していたこと及び東西道路の幅員を考えると、同法第一七条四項二号に照らし適法であるが、左折するにあたり、本件横断歩道のみならず、自車が進入せんとする東西道路の前方を注視し、その安全を確認しつつ進行すべき注意義務があるところ、前認定のように、左折のため自車を発進させるにあたり、本件横断歩道上に人のいないことを確認はしたものの、自車の左後部が歩道に乗り上げないようにハンドルを操作することに注意を奪われ、そのため、本件事故が発生するまで素直の乗つた自転車の存在に気がつかなかつたのであるから、本件事故の一因は、小野寺の前方注視義務違反という過失に求めることができ、従つて、被控訴会社の自動車損害賠償保障法三条但書の免責の抗弁は、矢当であり、また、素直は、東西道路の左側端に寄つて右道路を通行しなければならないところ(道路交通法二条一一号一八条)、前認定のように、本件交差点の手前約二〇メートルの地点から道路左側端から斜め右前方に向きを変えて西進中本件事故に遇つたものであり、左側端を進行し、かつ、前方を注視していたならば本件事故は起きなかつたものと認められるので、本件事故の一因は、素直の交通方法の違反及び前方注視義務違反という過失に求められる。

控訴代理人は、本件交差点に東西道路東方に対する「大型車通行禁止」の標識が設けられていたのに小野寺が左折したことを過失と主張するので、この点について考えるに、前掲乙第一号証の一・二、原本の存在及び成立につき争いのない乙第八号証によると、本件交差点の北東角に、本件事故当時、東西道路の松井町方面への進行に関し、「大型車通行止」と記載した標識板及び一〇〇メートル前方が工事中である旨を記載した標識板が併置されていたが、右各標識板は公安委員会が設置したものではなく、清水市が約一七〇メートル前方でマンホール取付のための掘削工事をしていたので、右工事地点を大型車が通過できないことを示すものに過ぎず、大型車が右工事地点までの間を通行することまで禁止する趣旨のものではないから、小野寺の本件左折行為の法的評価においてこれを考慮に入れるべきではなく、また、素直の注意義務を軽減させる事情ともなりえないものである。

5  過失割合

道路交通法が道路における車両の交通方法につき定めた第三章の規定は、道路における車両の交通の円滑及び安全をはかるために設けられたもので、すべての車両交通者に厳格なる遵守を要求される基本的ルールであり、従つて、交通事故の一方当事者が規定を遵守したにかかわらず、他方当事者が規定を遵守しなかつたために事故を惹き起した場合には、規定を遵守した当事者に他に過失があり、その過失が事故の競合的原因をなしていても、過失割合は、規定不遵守の当事者の方が大であると解するのが相当である。本件では、素直に第三章に規定する第一八条違反の過失があるのに、小野寺には第三章の諸規定に違反する過失は認められないのであるから、過失割合は、小野寺の前方注視義務違反を考慮に容れ、素直につき五割五分、小野寺につき四割五分と認める。

三  次に、本件事故によつて素直及び控訴人らのこうむつた損害について検討する。

1  素直の逸失利益

成立に争いのない甲第三号証、原審における控訴人吉原武本人尋問の結果によれば、素直は、昭和二六年五月九日生れの健康な男子で、本件事故当時東海大学海洋工学部四年在学中であり、昭和四九年三月には同大学を卒業する予定であつて、すでに就職試験を受けていたことが認められる。

右によれば、素直は、本件事故によつて死亡しなかつたとすれば、昭和四九年三月には右大学を卒業し、同年四月には就職して、以後少なくとも四三年間にわたつて就労が可能であり、その間控訴人ら主張の統計表の示すとおり、年間平均二〇一万八三〇〇円を下らない程度の収入を挙げえたものと推認できる。

素直の生計費等として右収入からその二分の一を控除し、これを基準としてライプニツツ式計算法により、民事法定利率年五分の割合による中間利息を控除して、同人の昭和四九年四月における純収入の現在価額を求めると金一七七〇万六四四四円(円未満切捨)になることが計算上明らかである(201万8300円×1/2×17.5459≒1770万6444円なお、昭和四九年四月から本件事故の日までの中間利息及びその間の素直の養育費についてはわずかな期間であるから控除しない。)。

前示素直の過失を斟酌すると、右のうち被控訴会社の責任に属する額は、その四割五分である金七九六万七八九九円(円未満切捨)を越えることはない。

2  素直及び控訴人らの慰藉料

本件事故の態様、素直の過失・年齢等本件に顕われた一切の事情を斟酌すると、素直及び控訴人らの本件事故による慰藉料は、素直につき金二〇〇万円、控訴人らにつき各金五〇万円が相当である。

3  葬儀費用及び墓石購入代金等

原審における控訴人吉原武本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第五、第七号証に同本人尋問の結果を加えると、控訴人らは素直の葬儀費用として少なくともその主張する金二〇万円、同人の墓石購入代金として金四七万五〇〇〇円、遺体引取り、事故現場視察、被控訴会社との賠償交渉等のための交通費として金四万八九五〇円を出捐したことが認められる。

前示素直の過失を斟酌すると、右合計七二万三九五〇円のうち被控訴会社の責任に属する額は、その四割五分である金三二万五七七七円(円未満切捨)を越えることはない。

4  自転車の破損による損害

前掲乙第一号証の一、二によれば、素直の乗車していた自転車は本件事故により大破したことが認められるが、本件全証拠をもつてしても右自転車の本件事故当時の時価相当額を認めることができない。

5  損害の填補

以上1ないし4に認定したところによれば、素直及び控訴人らが本件事故によつてこうむつた損害として控訴人らが被控訴会社に請求できる金額は右の合計額金一一二九万三六七六円を越えることはないところ、控訴人らが自賠責保険から金四九〇万四二八五円の支払を受けたことは自ら認めるところであるから、これを控除すると、右は金六三八万九三九一円となる。

6  弁護士費用

原審における控訴人吉原武本人尋問の結果によれば、控訴人らは、本件の訴訟追行を弁護士である本件控訴代理人内田剛弘に委任していることが認められ、本件訴訟の審理の経過、難易度、認容額その他の事情によると、本件事故と相当因果関係にある損害として被控訴人に請求しうる弁護士費用は、金六四万円を相当とする。

四  そうすると、控訴人らの損害は、それぞれ、前記三の5、6の合計額金七〇二万九三九一円の各二分の一である金三五一万四六九五円(円未満切捨)にして、原審認容額以下であるので本件控訴は理由がないから、棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 小山俊彦 山田二郎 堂薗守正)

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